チャイコフスキー:バリエ「くるみ割り人形」
ー今週のテーマはクリスマス。
ー今日は、バランシンの振り付けで名作「くるみ割り人形」!!
ヨーロッパでは、冬が近づいてくると家庭のテーブルの上に、素敵なくるみ割りを用意した。秋に豊かに実る木の実は、ヨーロッパの人々にとって昔から冬の大切な食料だった。
ヨーロッパのクリスマスケーキに、たくさん木の実が用いられるのも、自然の恵みを讃え感謝するため。
さてこのバレエの原作の物語は、1816年にドイツのE.T.A.ホフマンによって発表された「くるみ割り人形とねずみの王様」。
それをフランスのアレクサンドル・デュマ親子がフランス語に翻訳したものを元に、チャイコフスキーが作曲した。
第一幕
バレエは二幕三場の構成で、主人公はシュタールバウム家の末娘、クララ。
クリスマスイブの夜、自宅でパーティが開かれ、賑やかなダンスを大人も子供も楽しんでいる。
魔法使いのようにミステリアスな雰囲気の漂う、人形使いのドロッセルマイヤーおじさんは、子供たちにクリスマスプレゼントを配る。
クララは、不格好な「くるみ割り人形」をもらい、なぜかとても心惹かれるのだった。
ところが兄のフリッツがくるみ割り人形を貸してくれと取り合いになり、人形が壊れてしまった。
クララは自分のドレスの白いリボンを人形に巻き、夜遅くまで一人で看病する。
真夜中の12時の鐘が鳴った時、なんとクララの体は小さくなり、人形ほどの大きさになってしまう。
するとどこからともなくねずみの王様が率いる軍隊と、それに対抗するおもちゃの兵隊たちが現われ、戦争を始める。
おもちゃの兵隊たちのリーダーは、クララの看病していたくるみ割り人形だった。
激しい戦いの末、くるみ割り人形とねずみの王様の一騎打ちが始まる。
劣勢だったくるみ割り人形をクララが助け、おもちゃの兵隊たちの勝利へと導いた。
するとなんと、くるみ割り人形が凛々しい王子様に変身したではないか!
王子は自分を助けてくれたクララを、お菓子の国へと誘うのだった。
第二幕
お菓子の国に着くと、お菓子の国の女王「金平糖の精」が二人を歓迎し、各国のお菓子の踊りを披露してくれる。
スペインの踊り(チョコレート)、アラビアの踊り(コーヒー)、中国の踊り(お茶)、ロシアの踊り(トレバック:大麦糖の飴菓子)、フランスの踊り(ミルリトン:アーモンドクリームパイ)、花のワルツなど。
甘やかで夢のような時間を過ごすクララですが、楽しい時間はあっという間に過ぎ…
気が付くと、クララは自分の家のクリスマスツリーの下で目を覚ます。
クリスマスイブに美しい夢を見たクララは、傍らのくるみ割り人形を愛しそうに抱きしめ、幕が閉じる。

 この映像は、ジョージ・バランシン振付のニューヨーク・シティ・バレエ。子供中心で、子供達100人以上が登場し、演技し踊っている。
ジョージ・バランシン(George Balanchine, 1904年 – 1983年)は、米国における主要なバレエ団の創設者で、20世紀の最も進歩的なバレエ振付師。クラシック・バレエとモダン・バレエの橋渡しをした人物としてバレエの歴史に名を残している。サンクトペテルブルクのグルジア人の家庭に生まれ、ロンドンでセルゲイ・ディアギレフに認められ、請われてバレエ・リュスに加わった。パトロンのL・カーステインに説得され、1933年にバレエ団を設立するために渡米。バランシンは先ず学校を作ることが優先であると説き、アメリカン・バレエ学校 (School of American Ballet) を設立した。2年後の1935年、その卒業生からなるアメリカン・バレエ (The American Ballet) を発足させた。
1946年にバレエ協会を設立、これが現在のニューヨーク・シティ・バレエ団となる。1954年の『くるみ割り人形』公演によって、米国でもクリスマスにこの作品を取り上げることが習慣となった。この演出と振付は、おそらく1954年当時のものと考えられる。