ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調作品27第3楽章
ー今週のテーマは、ラフマニノフとプロコフィエフ。
ーラストは、ラフマニノフのロマンティシズムの極致と言えるこの楽章を。
1900年(27歳)から翌年にかけて作曲された《ピアノ協奏曲第2番》は大きな成功を収め、ラフマニノフ(1873-1943)は《交響曲第1番》の初演の失敗による精神的な痛手から立ち直り、作曲家としての自信を回復した。1904年にはこの作品によりグリンカ賞と賞金1000ルーブルを授与された。私生活の上でも1902年にナターリヤと結婚、翌年には長女を、1907年には次女を授かった。《交響曲第2番》はこのようにラフマニノフが公私ともに充実した日々を過ごしていた時期の作品。
第一次ロシア革命後のロシア国内の不穏な政治情勢に煩わされることのないように、1906年に妻と幼い娘を連れてドレスデンに移り、3年間滞在する。
交響曲第2番は1906年10月から1907年4月にかけて、ドレスデンと夏の間だけ帰国して過ごした妻の実家の別荘地、イワノフカで作曲され、1908年1月26日ペテルブルクのマリインスキー劇場で作曲者自身の指揮により初演された。
第3楽章 Adagio イ長調、4/4拍子、三部形式。
ラフマニノフならではの美しい緩徐楽章。ヴィオラによるスラヴ風の流れるような旋律が、儚い憧れを込めるかのように歌われる。続いてクラリネットのソロによるノクターン風の長閑な旋律がこれに代わる。中間部では第1楽章冒頭の序奏に出たヴァイオリンの動機が変形され、イングリッシュホルンやオーボエのソロがさらにそれを変容させる。その後、オーケストラ全体によってこの曲の情緒面での頂点が形成され、全休止ののち、最初のテンポへと戻る。
その後、これまでに出た3つの素材がさまざまな楽器のソロによって出され、次第に組み合わさりながら曲は延々と流れる。そして楽章の結末では、統一動機が原形のまま現れ第1楽章との結びつきを再び強め、静かに閉じる。

 演奏は山田和樹指揮モスクワ市交響楽団。濃厚なロマンティシズムを強調する演奏が多い中、山田は、あっさりとした繊細な日本的感性でこの曲にアプローチしていて新鮮。